はしごたんの強烈な一冊『照準を持たない暴力性の発動』

照準を持たない暴力性の発動

照準を持たない暴力性の発動

はしごたんの電子書籍を読んだ。
初期段階では過去ログをまとめるという構想もあったようだが、書き下ろしにしたのは正解だったと思う。ブログとは違う、はしごたんの素顔が浮かび上がってくる。

はしごたんと言えば、はてなを代表するブロガーの一人である。たぶんはてな女子の元祖のような存在だと思う。
現在ははてなブログ『heartbreaking.』Twitterを中心に活動している。過去の経歴によるとこれまでに3回ブログを移転しているらしい。

これまでの活動
2005年1月〜2007年11月末
gooブログで、HN: ゆがんだはしご で活動。批判的な記事が公序良俗に反するとgoo事務局側に判断され、投稿記事が強制的に非表示とされる事が頻発するため、やむをえずブログを閉鎖。
(中略)
2007年12月〜2008年12月
はてなダイアリーで、ID: hashigotan で活動。恋愛記事を打つようになりました。匿名で活動していましたが個人特定され、当時勤めていた会社に誰かから通報を受けたため、迷惑をかけた理由で弁償金50万を支払うと共にブログを閉鎖。
(中略)
2014年5月11日〜現在
はてなダイアリーから、はてなブログへ移行、ブログ名を元に戻す。

カテゴリ説明等 - heartbreaking.

初期の代表的なエントリーがこちら。このエントリーは大きな反響を呼び、無気力事件とも呼ばれている。

子供を得られた者は、その幸せについては一切語らない事だよ。それで大勢の子供を得られない者の命を救えるかもしれないだろう。ネットの文章だからとあなどるな。幸せは、当事者間で慎ましやかにかみ締めていればいい。幸せを語れば、必ずその裏で誰かが傷ついているんだ。何もない者たちを、さらに無気力にさせているのはお前だよ。

http://blog.goo.ne.jp/funamushi2/e/58d690dcf02e90a53f5a15310a81f6c2 - 2007年11月7日 10:14 - ウェブ魚拓

本の内容をざっくり言うと、幼児期の性的虐待豊胸手術の失敗談を中心としたアラフォー女性の自伝である。読むのが早い人なら1時間程度で読み終わるだろう。
個人的には期待していた以上の内容だったが、正直なところを言えば、序盤が少し読みづらいのと、前半の内容が重すぎる。あと本を紹介しづらくなるので盗癖の告白は家庭内レベルに留めておくべきだった。
前半部分の性的虐待の話は心理的な抵抗があって読にくいので、時間がない人は後半から先に読んだほうがいい。豊胸手術の章は、もしブログに書かれていたら500ブックマークくらいは軽く集まりそうな興味深い内容になっている。
私の体内では「被膜拘縮」という現象が起きていた。
体内にいきなり入ってきた異物(豊胸バッグ)に対して、自分の細胞組織が免疫反応を起こし、豊胸バッグを包む膜を急速に形成していった。その膜内でしか豊胸バッグは移動ができないために、飛び跳ねても、走っても、胸は定位置のままで固まったように揺れることはない。ハリウッド女優がお椀が胸に二つはりついたような見た目のオッパイを自慢気に披露しているが、ああいう状態になってくる。
元の胸がまったくといっていいほどないのであるから、外から見る場合は、豊胸バッグがすなわち胸ということになる。その豊胸バッグが定位置のまま動かないのだ。
いま見た、二人連れのような姿に、本当は憧れていた。自分もそうなるために、大金を支払い、豊胸手術をしたのに、硬く変形した胸を抱えている。そして、その胸の中から豊胸バッグを取り出す手術をすれば、元通りの、扁平な胸に戻るだけだ。それだけではなく、胸に酷い傷跡を付けられたらと、最悪な想像をすると怖くて、不安で、逃げ出したくなった。
どちらにせよ、自分はとても無駄な努力をしたことになる。無駄だらけの中で足掻いている、この体のすぐ傍を、通り過ぎる人々の輝きに、何度も自分の存在意義を問われているようで、苦しくて、たまらなかった。
11年もブログを書いているベテランのブロガーなので、読ませる文章ではあるものの、前半がとにかく重い。救いのない小説を読んでいるような印象を受ける。過去にトラウマがある人にとっては相当辛いかもしれない。もちろんAmazonの審査に通っているので性的表現の不快さはないが、単なるブログ本だと思って手に取ると衝撃を受けることになるだろう。
醜い自分に、醜い心が宿れば、もうこんな化け物など誰も愛してくれないし、抱き合うことも、結婚することも、子供を作ることだって出来るとはおもえなくなる。それなのに、自分の人生を滅茶苦茶にした男には嫁がいて子供がいて、心が破裂しそうで、自分がなにを恨んでいるのかの境界線もわからなくなっていた。

すべての子連れに対して怒りが芽生え始めた瞬間だった。それまで押さえつけていた怒りや悲しみが一気に自分を覆いつくしていた。

はしごたんの文章から感じられる無気力感や激しい怒りというのは、先天的な性格もあるのだろうと思っていたが、やはり気性の激しい家系だったことが伺える部分もあった。しかし、それ以上に人生の根底にあるのは、やはり幼児期の虐待経験なのだろう。もちろん、だからといって他者への激しい憎悪が許されるわけではない。ただ時折見せる強烈な感情の一因は過去のトラウマにあって、それはそう簡単には変えることができないものだ。
あとがきは少し気楽な感じに書かれている。
ハゲが治って、軽四でも買えたら、もうこのあとの人生は納得することにするよ……なにもかも手に入れることなんて、できないからな。なにかを諦めることで、得られるなにか、それが、この孤独と自由だというならば、それを受け入れながら、生きてゆくしかない。

こうして電子書籍を書いたことが、彼女の人生にとってプラスになるのかマイナスになるのかはわからない。ただ、できれば、またいつか続編を書いてほしい。おそらく書き足りなかったことはたくさんあるはずだ。
あと本を改訂するときに、何か少しでもいいので、あとがきに追記をしてほしい。それが偽善的であったとしても、そこに本を書いてよかったというメッセージが添えられていたら、読者が救われた気分になれると思うからだ。
ブログには本を出したあとの心境がこう綴られている。

書籍用の文章を考える中で、今一度、自分を見つめなおす機会を得られて良かったのではないかとおもいます。なんのために書籍を出すのか?と問われたならば、それは自分のためであると答えます。

書籍名「照準を持たない暴力性の発動 (著者 はしごたん)」 をKDP出版しました。 - heartbreaking.

この本を購入するのは主にはしごたんの読者とネットウォッチャーということになるのだろう。ただ、はしごたんを知らない若い人にとっても価値がある一冊だと思う。私が思い浮かべていたのはよく増田で見かける、顔が醜いことをいつも嘆いている京都の大学生のことだった。持病のせいで醜くなった顔を整形したいと悩んでいる彼にとって、はしごたんの人生はどう映るのだろう。まったく別の人生だと思うのかもしれない。しかし絶望感から生じる他者への攻撃性や自傷衝動など、他人から見れば二人に共通している部分は多い。子供のいない女性の辛さと、非モテ男性の生きづらさは通じるところがある。

おそらくはしごたんと似たような境遇だったり、同じ悩みを抱えている人というのは、京都の大学生に限らずたくさんいるのだろうと思う。そうした悩みを抱えて生きている人にとっては、この本の存在は貴重だし、特に後半の豊胸手術の失敗とその後の心理状態は、整形手術を受けたいと考えている人にとっては一読の価値がある。
はしごたんのことを知っている人にとっても、よく知らない人にとっても、強い印象を残す本であることは間違いない。「はしごたんは文学」と言われることもあるように、たしかに私小説に近い読後感がある。前半、読みづらいと感じた人は、後半の豊胸手術パートから先に読んでみたほうがいいかもしれない。

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