刺殺事件が残した影響とHagex氏のSSについて

 事件から一週間以上が経つが、いまだに追悼エントリーが続いている。はてなユーザーにとっては忘れることが難しい事件だったように思う。

 ネット活動を通じてHagex氏と付き合いがあった人にとっては、知り合いが殺害されたショックと、自分も事件に巻き込まれていたかもしれないという二重のショックがあった。そのため、そうした人のエントリーからは非常に強い動揺が感じられた。実際に容疑者は複数のユーザーを恨んでいたとの報道もあり、一歩間違えれば大量殺人に発展する可能性もあった。
 また、はてな界隈で起きた事件なので、何か違う対応をしていれば事件を防ぐことができたのではないかとか、あるいは事件を再び起こさないために何をすべきなのかといった議論が続いた。この点は、容疑者である低能先生の嵐のような罵倒行為を経験しているかいないかで意見が大きく変わってくる部分でもある。
 はてなでは過去に自殺教唆や自殺予告が多かったので、個人的にはユーザーが自殺してしまったときに大きな問題になるだろうと思っていた。しかしユーザーが自殺するよりも先に、ユーザー同士の刺殺事件が起きてしまった。
 今回の事件の影響として、運営による規制が強まることは避けられないだろう。「死ねばいいのに」とか「もう死にます」などの過激な発言をスルーせずに通報するユーザーが増えるだろうし、運営の対応も迅速に行われるようになる可能性が高い。

いじめ的に見えるネットとそれを荒らす無敵の人

 今回の事件はストーカー的であるという点で、アイドル握手会での傷害事件に近く、無関係の有名人が憎悪の対象になる点では『黒子のバスケ』脅迫事件と似ているところもある。海外で起こったインセル非モテ)のテロ事件との類似性を指摘する人もいる。

 低能先生犯行声明でネットリンチだと指摘していたように、Hagex氏のネット活動にも問題があったのではないかいう意見が増田に相次いだ。

これが、どれだけ叩かれてもネットリンチをやめることがなく、俺と議論しておのれらの正当性を示すこともなく(まあネットリンチの正当化なんて無理だけどな)
俺を「低能先生です」の一言でゲラゲラ笑いながら通報&封殺してきたお前らへの返答だ
「予想通りの展開だ」そう言うのが、俺を知る全ネットユーザーの責任だからな?
「こんなことになるとは思わなかった」なんてほざくなよ?

おいネット弁慶卒業してきたぞ 改めて言おう これが、どれだけ叩かれてもネ..

Hagexさんの事件を受けて、彼をまるで聖人みたいに「いい人だった」と言及する記事が増えている。

でも、正直、彼が日常的にやっていた「いじり」は度がすぎていたと思うんですよね。控えめにいっても。

Hagexさんの「いじり」は度がすぎていた

Hagexの件で、「彼のいじりは度が過ぎていた」みたいな意見に「あの程度はいじりじゃない」「いじる側は強い奴らだからセーフ」「いじる側はいじられて当然の奴ら」「あのいじりは正義のいじり」みたいな意見が多くて、戦慄している。


いや、それお前らが普段めっちゃ叩いてる「いじめっ子」の論理やん。めっちゃダブスタするやん。そんなん普通できひんって。

はてな界隈の「いじり」「いじめ」のダブルスタンダードが酷すぎる

「hagexはイジリを洗練させて、相手を追い詰めながら自分はダメージを受けない手法に長けていった」という指摘があったが、

これこそが私がhagexが大嫌いな理由だ。

学校のいじめ加害犯の奴らは、そういうやり方が異常に狡猾なのだ。

先生からは絶対に叱られない。むしろ良い子というアピールに長けている。

私も第二の低能先生かもしれない。自戒を込めて。

ウォッチャーだなんだと称してずーっと誰かを小馬鹿にし続けた報いだ。ネットリンチの親玉じゃねえか。それに乗っかって色んな人間を叩いてたお前らもお前らだよ。イジメの報道があると全力で叩くくせに、お前らがやってるのはイジメの親玉にそそのかされた子分のふるまいそのものじゃねえか。集団で、寄ってたかって、自分はリスクを負わずに、安全圏からひたすら罵詈雑言を投げる。これがイジメじゃなくてなんなんだ?否定出来んのか?親玉に同調して、人を小馬鹿にするコメントをつけてたお前らのことだよ。

ネットリンチの親玉が殺された

 ネットでの言及というのは、まったく悪意がなかったとしても悪口に見えてしまうことがある。かつて2ちゃんねるの勢いがあった頃は、祭りで集まってくる2ちゃんねらーネットイナゴと呼ばれていたことがあったし、最近では炎上して批判が集まることがコメントスクラムと呼ばれることもある。
 おそらく掲示板でもSNSでも、炎上においてあらゆる発言がイジメ的に見えてしまうことはネットの特徴の一つなのだろう。炎上に対する発言に功罪があることは難しい問題でもある。

 容疑者が就職氷河期世代の無職であったことから「無敵の人」に対する分析も多かった。「無敵の人」と聞くと無差別テロの予備軍が大量発生しているようなイメージがあるが、日本では殺人や強盗などの凶悪犯罪は一貫して減り続けている。テレビやネットで繰り返し報じられているように、「日本の治安は悪化している」というイメージは事実と異なる。「無敵の人」は元々はひろゆき氏が命名したようにネットコミュニティの荒らしの問題であり、現実的には雇用や福祉などの社会問題でもある。今回の事件はあくまで例外的な予想外の事件だと考えるべきだろう。

現在はインターネットを使った犯行予告をすることで、警察官を特定の場所に動員したり、飛行機を遅らせたり、警備員を走らせたりするぐらいの発言力が手に入ってしまっているわけです。
彼らは、それなりの社会的影響力を行使できる状態にあるのですね。
でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです。

ちなみに個人的に、こういう人を「無敵の人」と呼んでいたりします。

無敵の人の増加。 : ひろゆき@オープンSNS

ネットウォッチを続ける難しさ

 もともとはてなブックマークはてなダイアリーというのはネットウォッチと親和性の高いサービスだった。Hagex氏のブログ「Hagex-day info」のdescription(ブログ説明)には"Hagexのネットウォッチ日記です"と書かれている。
 Hagex氏のブログは開設当初、炎上ウォッチも2ちゃんねるまとめもしていなかった。narumi氏のネットラジオでまとめを始めた理由について触れていて、ネットバトルで有利になるためにアクセスを稼ぎたかったと話している。なぜHagex氏が2chまとめとネットウォッチを別のブログにしないのか以前から疑問に思っていたが、意外なところからその理由を知ることができた。

(ブログを始めた理由は)ネットのケンカがしたいというのが隠しテーマとしてあって、(中略)ケンカをするときにやっぱり味方が一杯いなければいけないんじゃないかというのがありまして、それでPVを稼ぐブログを作ろうという裏の目標があったんですよ。味方が多い方がケンカになったときに加勢をしてくれるんじゃないかと思っていたんですけれども。一時は月間400万PVくらい行ったんですけれども、そこまでPVが増えちゃうと簡単にケンカができなくなっちゃうっていう。

 ネットバトルしたさにブログ活動をするのは珍しいが、自分のファンを作りたかったというのはわからなくもない。しかし、ブログ活動が成功したことが殺害される一因になってしまったのは残念でしかない。

 kyoumoe氏もHagex氏と同じようにネットウォッチが主体の人気ブログ「今日も得る物なしZ」を運営していたが、事件のあとブログの更新停止を発表した。

12年半*1もの間このブログをやっていたが更新はこれで最後。
残ってる中で一番古い記事はこれ。
消した - 今日も得る物なしZ

消したというか今までのは退避させました。
何か殺されるらしいし。
俺まだ死にたくないからね。
そういうブログでした、今までありがとうございました。

俺も刺す側の人間だった - 今日も得る物なしZ

 ユーザーが萎縮してしまうと凶行に屈したことになるので、今までどおりの活動を続けるべきという意見もある。しかし言うのは簡単だが実際には難しいところがある。もともとネットウォッチ系のブログは少なくなっているが、今後は活動を続けるのがさらに難しくなるだろう。
 むしろ、これを契機にネット活動やブックマークの使い方を見直そうと思っている人は意外と多いのではないだろうか。それをブロガーが萎縮したとか、ネットがつまらなくなったと嘆く人もいるのだろうが、個人的には時代の変わり目に見える。テキストサイト個人ニュースサイトが閉鎖したように、ネットウォッチというジャンルのネット活動がその役目を終えつつあるのかもしれないと思う。

 Hagex氏と交流のあった、元小町ウオッチャーであり人気ブロガーである斗比主氏(id:topisyu)はブログの更新Twitterの発言はあったものの、事件については沈黙を貫いている。


 斗比主氏はHagex氏のファンの一人でもあり、低能先生の荒らしと無関係であったとも思えない。おそらく今回の事件を他人事には思えないところがあったのではないだろうか。

不毛なネットウオッチと高齢化するネットユーザー

 個人的にHagex氏については、ブログをウォッチしていたのと、新書を読んでいた程度だったが、一度だけブログにまとめたことがある。
 それは、禿田禿蔵という寓話的なショートストーリーで、それほど人気を集めていたわけではないが、サイバッチを愛読していた自分にとってはとても楽しめるものだった。
 読み直してみると、いま話題になっている「無敵の人」を描いているようにも見えるし、コメントスクラムの被害に遭うところが容疑者である低能先生とも重なるところがある。

解雇通知を正式に渡された。俺は1ヵ月後に会社を辞めねばならない。山■パン高井戸工場のサンドイッチ主任として、来る日も来る日もレタスをちぎってパンの上に置く作業を繰り返していたが、俺の働きは会社に認められなかったようだ。
退職金はわずか10万円。銀行口座には25万円しか入っていない。会社都合のため、失業保険はすぐに出るが、これから一体どう暮らしていこうか…… もうすぐ2014年がやってくるというのに、来年の見通しは暗い。

東池袋のオケラ荘は静まりかえっている。午前2時だから、いつもはうるさい天井に住んでいるネズミたちも寝ているようだ。
ふと、窓を見ると白い猫がいた。いや、猫より大きい。その生き物は赤い眼をしており、目が合うとこう言ってきた。
「僕、君にお願いがあって来たんだ。僕と契約して、はてなブロガーになって欲しいんだ」

僕と契約して「はてなブロガー」になってよ - Hagex-day info

 この禿田禿蔵というフィクションは、ブログとは違ったHagex氏の素の姿のようなものが現れている。禿げつつあるワープア労働者は自分の将来に対する不安の投影だろうし、ネットで一攫千金を企んで失敗するところは、ネット収入のシビアさを詳しく知っている立場から警告する意味合いもあったのだろう。

Hagex氏の書くフィクションは、ノマドワークを啓蒙する論客を揶揄するだけでなく、ネットを取り巻くうさんくさいコンサルティングやニュースサイト、有料メルマガ、ソーシャルメディアを使ったセルフブランディングなど、マネタイズ亡者ともいうべき対象をまとめて主人公に投影している。
しかし主人公である禿田禿蔵は、東池袋の風呂なし四畳半のオケラ荘で暮らす絶望的なまでに将来性のない底辺で、まるでディストピアのような世界を生きている。それはおそらく、つい最近も1か月近く泊まりこみで仕事をしていたHagex氏自身による、ウェブで楽に儲けられるという幻想への皮肉なのだろう(一週間ほど前に会社を退職したという報告があった)。

『禿田禿蔵 by Hagex』連作シリーズ第8話「東池袋のほっこりブログ」 - 人生夢オチ

 これらのSSはオッサンがくだらない冗談を言っているような雰囲気があって、親交のあったフミコフミオ氏のブログと似ているところがある。卜ピ主氏が事件に対して口を閉ざしていることで、Hagex氏との同一人物説や夫婦説がネタ化しているが、そういった不謹慎ネタもきっとHagex氏は楽しんでくれていると思う。

 kyoumoe氏がブログを更新停止したことや、卜ピ主氏がネット断ちしていたことに戸惑いを覚える人もいるかもしれないが、彼らはHagex氏のように凶刃に倒れてしまったわけではない。一時的にネットから距離を置いているだけだ。
 そもそもネットウォッチというのは大半の人にとって単なる暇つぶしにしかならず、不毛な行為である。ブロガーやブックマーカーが突然消えてしまうこともあるが、ネットから離れることでむしろ幸せになったのではないかと感じることもある。
 きっと、どこかでkyoumoe氏や卜ピ主氏の言葉を目にすることもあるだろうし、おそらくそれは私たちが思っているよりも早いのではないかと思う。彼らのような人たちが、これからネットに何も書き続けずに生きていられるはずがあるだろうか。
 それはコンビニ店長のように誰にでもわかる形で増田に投稿するのかもしれないし、誰にも気付かれずに戻ってくるかもしれない。性別すら変わっているかもしれない。

 今回の容疑者である低能先生も、ネットとの距離感を失って不幸になってしまったユーザーの一人でもある。ネット活動を停止してネットとの距離感を取り戻すのは、私たちが考えているよりも大切なことなのかもしれない。
 Hagex氏の死を悼みつつ、自分が老いていくなかで、どうしたら悔いの残らないネットウォッチを続けていけるのか、しばらく考えてみたいと思っている。