はあちゅう氏の炎上とネットの匿名文化について

最初に言っておくと、私ははあちゅう氏のセクハラ告発には価値があったと思っている。
また、このブログは炎上をテーマの一つにしているので、ここで触れるのはセクハラ問題ではなく、主に炎上についてである。

まず私が考えていたのは、この炎上はどういう種類の炎上なのかということだった。マナー問題ではないし、反社会的な行為でもない。今回の炎上は弱者刺激型で、政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)に反するものだろう。小野ほりでい氏の提唱する繊細チンピラ案件でもある。繊細チンピラとは「自分に欠けている何かを持っていることに無自覚な他人の発言を勝手に自慢と受け取って激昂する人」と定義されている。
今回の炎上はセクハラ問題でありながら、被害者が男性という珍しいタイプの炎上でもある。炎上が大きくなったのは、言い訳にしか受け取れない謝罪のせいとか、セクハラ告発をしながらも自身がセクハラ加害者だったからとか、炎上後に沈黙を守れなかったといったことが一般的な見解だろうと思われる。
細かい点では、個人情報の暴露(セクハラ当事者と友人が交際関係にあった)や、ステマ疑惑(はあちゅう氏の本の宣伝)なども指摘されているが、それはあまり大きな問題ではないだろう。

はあちゅう氏の側に立てば、これほどの批判を集めたことが理解できないのはわからなくもない。というのも、はあちゅう氏の発言は過去に何度も批判されてきたことだからだ。
過去の発言と今の発言は何も変わらないし、おそらく彼女の本音も変わっていない。良い意味でブレていないし、正直であるように見える。
しかも発端となったのは自分自身のセクハラ告発である。はあちゅう氏のところには、応援してくれるコメントが寄せられている一方で、主に男性からの批判が殺到することになった。しかも、その大半は過去とまったく同じ批判が繰り返されているのだ。

そもそも実名でのセクハラ告発はリスクがあり、相当な覚悟がいることでもある。今回は相手の謝罪を引き出すことに成功し、泥沼の争いになるリスクを回避することができた。ヨッピー氏の発言などからも打ち合わせして念入りに準備をしていたことが伺える。それが成功した直後にこうした繊細チンピラ的な批判が続いていたら、「なんで今なんだろう」と感じたとしてもおかしなことではない。
炎上したあとで、はあちゅう氏が沈黙しないのは理解できないが、こればかりは当事者になってみなければ理解できないこともあるのだろう。

今回の炎上のようにセクハラの被害者が男性というのは珍しいパターンだが、その背景に20代男性の童貞率が増加しているという指摘がある。

今回の炎上は、はあちゅう氏がセクハラ告発をしたことで、お前が言うな状態になってしまったことがきっかけになっているが、童貞男性がマイノリティではなくなって大衆化したことも大きく影響している。ポリティカル・コレクトネスが社会に浸透して、男性も被害を訴えることができるようになり、それに加えて童貞男性層がマス化して一定の発言力を持つようになった。
はあちゅう氏は時代の変化に合わせてセクハラ告発をしたが、同時に告発される側にもなってしまった。これは自業自得とかブーメランというより、時代の変化がたまたま引き起こした悲劇でもある。

匿名が多数を占める日本のネット文化

今回の炎上では、はあちゅう氏を擁護したヨッピー氏のブログが批判を集めていた。その論理展開は間違っていると思うが理解できる部分もある。
というのも、はあちゅう氏の童貞発言にしても、あるいはヨッピー氏のヤリマン発言にしても、それが注目されなければ大きな問題にならないという点は正しいところがあるからだ。内輪で「あいつは童貞」と言ってもさほど問題にならないし、無名のユーザーがTwitterで童貞いじりをしていたところで炎上することはない。
はあちゅう氏の発言がこれほど炎上したのは、彼女がインフルエンサーだったからというのと、それがマス化した童貞男性に届いたからで、この二つの条件が揃わなければここまで炎上することはなかっただろう。

もちろん、インフルエンサーであれば発言力があるのだから、無名ユーザーよりも責任が伴うこともある。ところがその一方で、匿名ユーザーは童貞いじりのような発言を自由に交わしている現状がある。
Twitterや5chを見ていれば、差別発言で溢れているのを目にすることがあるし、嫌なら見なければいい状態で野放しにされている。たまに「まーん」といった呼称は性差別的だとか、いつまで淫夢ネタを続けるのかという指摘があったりもするが、あまり重要視されていない。
実名ユーザーからすると、日本のネットマナーというのは実名ユーザーに厳しく匿名ユーザーに甘い二重規範だと感じてしまうのはおかしなことではない。死ねなどの暴言や、特定個人に対する誹謗中傷は匿名ユーザーであっても凍結の対象になるが、それ以外のポリコレ違反に関しては見逃されている実態がある。

はあちゅう氏の態度は、自己責任論を主張している人が、自分のときだけ相互扶助を求めるような都合の良さはある。しかし、誰しもそういう部分はあるし、少なくともはあちゅう氏がリスクを取ってセクハラ告発をしたのは価値がある。広告業界のセクハラ体質を告発したのは勇気ある行動だし、炎上したとはいえ、セクハラ当事者は社会的な責任を取ることになった。
そうした経緯を踏まえると、セクハラ告発をしたはあちゅう氏に対して、匿名ユーザーが人格を否定するような批判までするのは、やり過ぎなのではないだろうか。「それはそれ、これはこれ」と問題を分けるべきという発言もあったが、炎上が大きくなるにつれて、そうした問題の切り分け論は消えてしまった。セクハラ告発をした人が「女性の代表面するな」とまで罵倒されるのは、とても残念に感じる。

今回の炎上は本質的には時代の変化によるもので、俯瞰的に見れば弱者刺激型のよくあるタイプの炎上だろう。特徴として、童貞男性が大衆化したことのほうが注目すべき点であるように感じられる。